聖書とヘルメス文書の創世紀の比較
昨日、ヘルメス思想研究会というところで勉強していたのですが、・・・そこで、すこし驚いたことが・・・・
聖書とヘルメス文書(もんじょ)の比較で
「創世紀」の部分での事。
旧約聖書は、4つ(ぐらい?)の文書を合体したものなので、内容に矛盾がある!
ということが「驚きました!」(・・;
そうなん?(・・? (私)
そうなんです。(先生)
アダムとイブの話の前の章を読むと、すでに男女が創造されています。その後の章でアダムの話がでてくるのです。
人の創造には2つの話があるのです。
そして!・・・・
「神」と「主なる神」という2つの表現があるのです。
単に男女を創造したとあるのは、「神」の方で
アダムの話云々は、「主なる神」の方なのです。
これはヘブライ語の聖書を読むとわかるそうなのですが、
「神」=エローヒーム
「主なる神」=ヤハウェ
だそうです。日本語に訳されたときに、このような表現になったそうです。(英語がそうなのかもしれません)
どちらを信用するかは、もうおわかりでしょう。
「主なる神」は原罪を表現し、「神」のほうは特に記述はありませんから。
さて、ヘルメス文書のほうは、どちらを描いているかということですが・・・
もちろん「神」(エローヒーム)の方です。
そして、天地創造の描写は、聖書よりも情報量が多いのです。
ちょっと長くなってしまいましたので、その内容は又あとで・・・・では、では。
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